EMを知る

アトピーとの闘い
05 /10 2013
アレルギーの子供を32年抱えて、病院の薬を使っても治らない。私は何軒もの漢方薬屋を訪れ、生薬を試し、スポーツをさせても全てがダメで失望していた時でした。
 もう薬が有名であってもなくても、子供の体に合い、副作用がなくて元気になるならば拘らないという心境でした。薬でも何でも試してアレルギーが治ればよい。芯から健康な体になればよいという気持ちでした。その時EMを知りました。
 EM-X  GOLD  500ml  4,500円  (消費税込) 

今度こそ本当にアトピーにさよなら

アトピーとの闘い
09 /07 2005
太ももの裏のボコボコ水ぶくれ、しばらくは気持ち悪い日々を過ごしたそうですが、EMをある方法で使っているうちに治まってきました。
そうすると、水ぶくれが治ってくるのにあわせて、いままでじゅくじゅくだったかゆい皮膚がしだいに小さくなってきて、その後3~4ヶ月経つころ、気が付いたらほとんどアトピーのところが無くなっていたのです。
これには本人もまわりもびっくりしました。
実際のところ、まさか本当に効くとは半信半疑でしたので、喜びと驚きと感動です。
母親として、長男のアトピーだけは生まれてからこの方、産んだ責任としてどんなことがあっても治してやりたいと悩み続けてきた難題でしたので、やっとこれで肩の荷が下りた気持ちがしました。

この一件で、EMは本物だと確信しました。

何だこれは!?

アトピーとの闘い
09 /05 2005
長男がEM-Xを飲み始めて5日くらい経ったある日、私と一緒に東京へ出張した時のことです。
その日は東京ビッグサイトで展示会を見ていたのですが、長男が太ももの裏全体に異変を感じ、それから時間が過ぎるにつれて感触が気持ち悪いのでトイレで見てみると、太ももの裏側全体に直径2センチくらいの大きな水ぶくれがボコボコ出ていたのです。
帰り際、ズボンに滲みるほど汁が出て汚いので、東京駅構内のお風呂へ入って帰ったほどです。

その日は本人は異常な水ぶくれ状態に何がなんだかわからず、何も言いませんでしたので、私自身何も気付かず、帰りに何でお風呂に入ると言い出すのかなと、いぶかしく思いつつ帰ってきました。

その後しばらくしてさらに大きくなってきた水ぶくれを見ました。
「何だこれはー?!」と本人はプンプンでしたが、私はこれが体の中のたまった毒素や悪いものを体外へ出そうとする好転反応だとわかっていましたので、「これは生まれてからこのかた悩み続けたアトピーがやっと治るかもしれない」と、このあとの展開にかすかな期待を持ちました。

EMとの出会い

アトピーとの闘い
09 /02 2005
長男・長女とも心機一転、主人の残した会社での生活が始まりました。
その頃も長男のアトピーは相変わらずで、かゆい皮膚は傷つき皮がむけてじゅくじゅくでした。本当にどうすればよいのだろう

一年後沖縄・琉球大学の農学部教授、比嘉照夫さんの対談の番組が目に入ったのがその頃です。
会社から帰ってテレビをつけた時最後の4分程でしたが、先生のEMの働きを聞きました。
この時先生が細胞についての話をされました。

前にも書き込みをしたとおり、当時はEMの利用は農業や環境が主でした。
EMの情報を探して探して見つけたメモを握り、説明会に参加し、環境浄化の勉強から始めました。
その頃「EM-X」は1本17,000円でとても手の出る金額ではありませんでしたが、その後しばらくしてから価格が下がり、手に入りやすくなりました。

やがてEM-Xを手に入れ、とにかくアトピーによいらしいし健康になるようだから、ということでいやがる長男にお茶の中に入れて飲んでもらいました。

すると飲んでからしばらくすると本人も周りもびっくりする現象がおきました。これが漢方薬で言う「好転反応」だと思いましたが、実際に目の当たりにすると驚きでした。

主人も50代後半となり

アトピーとの闘い
08 /23 2005
主人は50歳から成人病が重なり、体調が悪く症状が色々ありましたが、どこの病院で検査をしても部分的な検査のみで、手術の出来ないところまでに進行しており、あと3ヶ月の命であるということを聞くまで異常なしと言われていました。
ガンということが分かりそれから癌との闘いが始まったのです。
お医者様の治療の他、当時良いと言われる民間療法も色々試しましたが、寿命ばかりは仕方がありません。
主人の亡くなった通夜に長男・長女もトレーニング先のアメリカから戻り、その日から一転選手生活にピリオド。
お葬式後まもなく主人の残した会社での仕事が始まりました。

主人の病気

アトピーとの闘い
08 /19 2005
8月も半ばとなると、さすがに暑さにまいってしまい、体調不良でしばらく休憩してしまいました。

主人はすでに30代で肝臓を患い入院したときに、主治医の先生から「だいぶ状態が良くないので命の危険があるかもしれない。」と言われておりましたが、その時は若さゆえか何とか回復しました。
しかし、退院前には、「今の状態から肝臓病→肝硬変→肝臓ガンと進行する恐れがあるので、生活習慣には気をつけるように。」と言われました。

しかしその後も喫煙・飲酒の習慣は止むことが無く、様々な成人病も併発していました。

ユニバーシアード・国際大会・全日本チャンピオンへ・・・・

アトピーとの闘い
08 /05 2005
大学時代は二人でイタリア・ベルノでのユニバーシアードへ出場し、6位入賞。地元のイタリア料理とカフェラッテの味がいまだに忘れられないと言います。
国際大会で各国を転戦し、驚いたことに国内ではとうとう全日本チャンピオンにまでなってしまいました。
全日本で4連覇し世界選手権大会にも出場。主人の病死により引退となりましたが、小さい頃病院通いがとぎれることのなかった長男と走るのも体育も苦手な運動神経の弱い長女が日本代表として世界選手権にまで出場できるようになるとは、夢にも思っていませんでした。

選手時代は国内でのライバル争いあり、海外でのハプニングあり、外国の選手とのシビアな戦いあり、様々だったようで、私にとっても忘れられない思い出がいっぱいです。


結局主人が病死して選手生活にピリオドを打つことになりましたが、
主人の死因はガンでした。その頃はEMに出会う前で、本を読んだりして民間療法も色々試しましたが、その甲斐なく、また私自身も看病と仕事で体重も激減し思考能力もなくなるほどでした。

海外でのトレーニングと競技会

アトピーとの闘い
08 /02 2005
全日本に1回でも出場できれば良い思い出と無欲でのぞんだ大会から、あっという間に海外でのトレーニング・振り付けなど日本代表としてのハードな日々に一転。
当時トレーニングしていたカナダのトロントは空気が大変乾燥しているところで、日常保湿クリームが欠かせなかったそうですが、そこでもスケートリンクの湿気は日本とほぼ同じで、長男にはやはり良い環境だったようです。
その頃もまだEMと出会う前ですので、アトピーの状態も変化なし。
夜中でもボリボリ体中掻いて皮膚は傷だらけでしたが、もうそんなことにかまっていられない真剣勝負の毎日だったそうです。


その頃にEM-Xがあったら、自然と疲労回復効果があったかもしれないし、痒みが減ってトレーニングで疲れた体をよく休ませるために夜よく眠れたのではないかなと、いまとなってはちょっぴり残念です。

えっ!国際大会?

アトピーとの闘い
07 /27 2005
初出場の全日本が終わり春も過ぎた頃、長男はかゆみと戦いながら長女と練習を続けていましたが、なんと先輩カップルの引退により、国際大会の出場枠に選ばれたとの一報がはいりました。たまたま私たちも家族で東京へ休日を過ごしに行っていたときで、皆でびっくり。

その時はとりあえず喜びいっぱいでしたが、その後は日本代表というスケート中心の生活にすっかり様変わりです。

そのうち私の手を離れ

アトピーとの闘い
07 /25 2005
様々な方々の助けをいただいて、学生時代はスケート三昧の日々。年齢制限ぎりぎりで全日本ジュニア選手権アイスダンスで優勝し、次の年の全日本出場となりました。憧れの全日本選手権、1回出場できれば良い思い出・御の字と臨んで初出場で5位に入賞。さてそこからが大変なことになってしまいました。
(EMに関係ない話で恐縮です)続く

EMマザーT

ひどいアトピーに悩む息子を何とかしたいと思い続けて30年、ある日テレビで琉球大学の比嘉教授のお話を聞いてEMと出会い、実際に使ってみた体験記です。